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外来森田療法 ~ 皮膚科から・アトピー性皮膚炎

外来森田療法

皮膚科から・アトピー性皮膚炎

 

細谷 律子

 

アトピー性皮膚炎について

 

 1923年CocaとCookeは、
家族内発生の傾向の強い気管支喘息と枯草熱(鼻アレルギー)に対し
アトピーと命名し、その家系をアトピー家系と呼称した。
1933年にWiseとSulzbergerはアトピー家系に高頻度に見られる慢性の
皮膚炎に着目し、アトピー性皮膚炎の名称を提唱した。
本疾患は、それ以前ヨーロッパでは神経皮膚炎、
ベニエ痒疹などの名称で、本邦では慢性小児湿疹、
(中略)などの名称で呼ばれていた皮膚疾患に該当する。

 病因論的にアレルギーと非アレルギーの二つの側面をもつ、
アレルギー因子に関しては、1966年に、
患者血清中のレアギンとよばれていたアトピー抗体がIgEに含まれることが
発見されて以来、IgEを中心にさまざまな方向からアレルギー機序が研究されてきた。
そして近年、セラミド代謝の異常が指摘され、
非アレルギー因子である皮膚のバリア機能の障害が注目されるようになった。
セラミド代謝の異常は皮膚を乾燥させ、
バリア機能を低下させる。表面に浅い亀裂が生じ、
外来物の侵入が容易になり、その結果、
刺激性皮膚炎の湿疹反応、あるいはアレルギー性の接触性皮膚炎や、
IgE抗体を介した湿疹反応をひきおこしやすくなるのである。

 

 1994年に日本皮膚科学会でアトピー性皮膚炎の定義、診断基準を定め、
2000年に日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドラインが制定された。
心身医学的側面に対する配慮の必要性もおりこまれており、
またタクロリムス軟膏による治療が加わって、
2003年、2004年と続いて改訂されている。

 アトピー性皮膚炎は、
従来小児の皮膚疾患と言われ成人になれば治ると言われてきた。
しかし、1998年、杉浦は、乳幼児の有症率は20年前とかわらないが、
小児から成人の有症率がふえていると報告し、
さらに日本の成人期アトピー性皮膚炎の特徴として、
①1980年以降、成人重症例が多い
②しばしば「顔面難治性紅斑」が見られることを指摘した。
近年、アトピー性皮膚炎の慢性・難治化が問題になっている。

 

アトピー性皮膚炎の心理的側面

 

 アトピー性皮膚炎の非アレルギー的悪化因子の一つに心理的因子がある。
とくに成人患者に重篤な悪化因子である。
心理的なストレス状態は、神経症やうつ状態など精神状態の異常をもたらすこともあるが、
一方身体化し(かゆみなど)、行動化して(掻く、たたくなど)、
皮膚に表現されることがある。すなわち、中枢性にかゆみが生じることがあり、
また、患者は心身の不快感を解消するために掻く、こする、
たたくなどの行為をし、皮膚を障害させていることがある。
さらに、これらの結果生まれる皮膚症状の悪化は、
患者を落胆させると同時に、
一方で周囲の関心をさそう疾病利得の面ももちあわせている。

 

1)  難治化した患者に見られる掻破の習慣化

 本来掻破はかゆみに対する生理的な反射行動であるが、
慢性、難治になった患者の場合、習慣化していることが少なくない。
掻破だけでなく、叩く、剝がすなどの行動も習慣化している。
何となくあるいは無意識に行う癖(習癖)になっていたり、イライラ、
緊張などの交感神経緊張状態で衝動的に掻破したり、
不安から皮膚を掻いたりさすったりしている。
「掻き出したら止まらない」という患者は多い。
いじっているうちにかゆみを生じさせ、
かゆみと掻破の悪循環を招いて掻破がとまらなくなることもあるが、
一方かゆくて掻き始め、かゆみがなくなっても掻き続ける患者や自体愛的感覚に
のめりこんでいく患者もいる。
心理的に困難な状況では、逃避的に悪循環の快感に陶酔したり、
皮膚炎のさまざまな悪化機序(アレルギー性、非アレルギー性)を促進させてしまう。
しかし患者は、アトピーであるという病識やかゆみの存在で、
掻破の習慣化に気づいていない場合が多い。かゆみの認識も曖昧だったりする。

 

2)  皮膚へのとらわれ

 アトピー性皮膚炎患者に見られる習慣性の掻破については、
脱げば掻く条件反射、習慣病、嗜癖、麻薬中毒のようなもの、
などの表現がされてきた。
止めようと思っても止められない強迫的な行為になっていることが多い。
患者にこれらの行為を無理に止めさせると激しい焦燥感を与えてしまうこともある。
絶えず掻いたりこすったりと皮膚を刺激していなければ落ちつかず、
これらの行為に依存的になっていることもある。
さらに“掻かない(叩かない)と次へ進めない”と
帰宅時や就寝前に儀式のように行われていることが多い。

 行動が儀式化している場合や皮膚が葛藤や不安からの逃避の場として
不可欠なものになっている場合など、
これらの患者に掻破の習慣を認識させやめることを指導すると
かえって皮膚に執着させてしまうことも多い。
かゆみに対して過敏になっていることもある。

 皮膚科領域では昔から、舐める、噛む、吸うなどの行為や
ナイロンタオルなどの摩擦による強迫的習癖、神経症性擦傷、
抜毛症などの強迫行為・疾患として知られているが、
これらがアトピー性皮膚患者に見られることも多い。
また患者は過食症や手洗い強迫などの強迫行為も合併することがあり、
これらにシフトすることもある。
また皮膚炎は消失したにもかかわらず、
「顔が赤い気がする。気になって何もできない」と頻繁に来院し訴える患者もいる。
彼らはいつも皮膚が気になり、皮膚にとらわれている。
すなわち、かゆみや異和感などの皮膚感覚にとらわれ、掻きたい、
こすりたい衝動にとらわれている。
またステロイドは恐いという思いが強迫観念になっていることもある。

 

3)  とらわれの背景にあるもの

 とらわれの背景に不安がある。
不安から免れたいとはからい(掻破し)強迫的に行ううち、
皮膚にとらわれていく。
悪化した皮膚がより不安を強め、現実の課題の不安とすりかわり、
「皮膚さえ治れば」という思いになってしまう。
彼らは皮膚(感覚、行為、アトピー性皮膚炎)にとらわれることで
現実の困難から逃避するのである。
不安はよりよく(理想的に)生きたい思いと表裏をなす。
「失敗してはいけない」「こう(理想)でなければならない」
など完全を目指すほど、不安は強くなる。

 成人のアトピー性皮膚炎患者のパーソナリティーについても、
精神発達が未熟、心の内面の表出が困難、わがまま、現実を見ないで理想を追う、
自己否定的、強い不安、神経症的傾向などさまざまな心理テストの結果が報告されてきた。
一方今日もっともよく見られるパーソナリティーとして
Salzmanは、“強迫パーソナリティー”を提示した。

 人間であるがゆえの不完全さ、曖昧さ、弱さや限界を認められず、
完全(理想)であろうとするような完全主義の性格である。
制縛的で、自己の心身の状態や他者をコントロールしようとする生き方であり、
それが可能であるという尊大な自己像、万能感ももつ。
一方で完全にできない自分に自責的で自己評価が低い。
完全にできないなら全部やらないというall or nothingのところもある。
思春期特有の精神病理とも言え、強い自己愛のもち主とも、
幼児的側面を表しているとも言えよう。
これらは、今までのアトピー性皮膚炎患者のパーソナリティーに関する報告の内容を
包含するものでもある。
完全をめざす意気込みは、うまくいっているときはヒーローとなるが、
破綻すれば、アルコール依存症、強迫的ギャンブル、強迫的自慰、
摂食障害、盗癖などの強迫行為に転じてしまう可能性がある。
完全(理想)をめざしたエネルギーが建設的な方向から転じて
非社会的な方向に注がれてしまうのである。
アトピー性皮膚炎患者の場合、心理的に破綻すれば、掻く、叩く、
かさぶた剝がしなどの行為が強迫的に発展してしまう可能性がある。
患者たちは、よりよく(理想的に)生きたいと思いながらできないことに葛藤し、
自責的になり、強迫行為に逃避するのである。
掻いたりかさぶたを剥がしたりする行為が長時間に渡り、
あるいは集中的に行われれば皮膚は重症化、
難治化していく、二次的な心理的障害ももたらす。

 普通、完全欲の強い生き方も、失敗や挫折を通して少しずつ変わり、
受容的になっていく。しかし、皮膚炎のために困難から守られてきた環境や、
管理的な養育環境でその過程が損なわれると、
失敗が恐くて行動に踏み込めないライフスタイルが形成されてしまう可能性がある。
他人や社会に背を向け、ひきこもり状態になってしまうこともある。

 成人患者の多くに見られる心理的な悪化要因は、
ライフイベントより日常のイライラごと(デイリーハッスルズ)が多いという。
ストレス因子を受け止める側の問題を示唆するものであり、
心理面の治療には、パーソナリティや生き方を問題にする関りが必要である。

 

 

編著者 北西憲二 中村 敬

「森田療法」

発行所 ミネルヴァ書房



精神保健福祉士・介護福祉士

伊藤大宜

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